市日は、究極の地産地消の場 |
2006年12月20日
久慈市の市日は、毎月「三」と「八」の付く日に、中心市街地の十八日町と二十八日町の通称「旧久慈病院通り」で開催されている。
市日が始まったのは、正保3年(1646年)とされ、360年の歴史を刻んでいることになる。
かつては、「三」の日が大川目町で、「八」の日が旧久慈町で市が立ち、六斎市と呼ばれていた。その後は、どちらの市も二十八日町で開催されるようになり、昭和52年から現在地に移っている。
市日は、市日組合(佐々木久悦組合長、組合員34人、準組合員16人)が運営しており、扱っている品は、野菜、花き、苗、魚介類、漬物、手作り団子など食料品から、衣料品や日用品にまで及び、実に様々な品を取り扱っており、正に市民の暮らしを支える存在となっている。
販売は、簡易のテントを張り、利用客と対面する方式により行われる。毎月、市が立つ日には、組合員と利用客との丁々発止のやりとりが繰り広げられるが、どちらもこのコミュニケーションを楽しんでいるようにさえ見える。
扱っている野菜・魚介類などは、どれも旬の新鮮なものばかりで、組合員が自信を持って出品しているものばかり。また、利用客も市日を楽しみに待っている常連の人が多く、品物を見定める目は肥えている。久慈市の市日は、このような組合員と利用客の双方に支えられて成り立っている。
佐々木組合長は、「組合員が高齢化してきており、将来に対して一抹の不安がないわけではない」と若干の心配を口にするが、同時に「360年も歴史がある市日をわれわれの世代で途絶えさせることはできない。この伝統ある市日を後世に引き継いでいくことが、われわれの使命だ」と言い切り、市日にかける思いは並々ならぬものがある。
市日は、新鮮なとれたての地場産品を、会話を楽しみながら売り買いする究極の地産地消の場である。この久慈市が誇る伝統文化は、市日組合だけでなく、久慈市民が守り、育ててきた地域の宝である。
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